医療・介護事業所の事務作業をAIで減らす

医療・介護事業所でAIに任せられるのは「診療」「ケアの内容」そのものの判断ではなく、 その前後にある事務作業です。介護記録・看護記録の下書き、請求書類の記載漏れ点検、 シフト表の下書き作成。この3つだけで、事務・現場職員1人あたり月15〜25時間が 空く計算になります(後述の試算)。診断・治療方針、ケアプランの最終判断、 利用者・患者への説明は引き続き人が行います。
なぜ「記録・請求・シフト」から着手すべきか
医療・介護の仕事の中心は、診療や日々のケアそのものです。ここは資格と経験に 基づく判断で、AIに置き換える対象ではありません。
一方で、現場職員や事務スタッフの時間の多くは、判断そのものより 記録に残す作業・請求のために書類を整える作業・人員を配置する作業に 使われています。
- その日のケア内容・利用者の様子を、介護記録システムに入力する
- 診療報酬明細書(レセプト)の記載内容に漏れ・不整合がないか確認する
- 職員の希望・資格・勤務条件をもとにシフト表を組む
- 利用者・患者の家族やケアマネジャーへの連絡文書を作成する
これらは「診断」「ケアの判断」ではなく「記録」「点検」「調整」です。 ここを減らすことで、現場職員が本来の仕事である利用者・患者への対応に 時間を戻せます。ケアの質を上げる前に、ケアの周辺にある事務時間を減らす。 これが取り組む順番です。
1つ目に減らせる業務:介護記録・看護記録の下書き作成
介護記録・看護記録は、利用者・患者ごとに毎日作成する必要があり、 文章化するだけで一定の時間がかかります。
- 口頭・音声メモで残した観察内容を、記録システムの文章形式に整える
- バイタルサイン・食事量・排泄状況など定型項目の入力を補助する
- 前回の記録との差分(変化があった点)を抽出して要約する
- 家族への連絡ノート・申し送り事項の下書きを作成する
利用者の状態変化に対する評価や、ケア方針の変更判断は職員が行います。 AIが担うのは、観察した事実を記録の形に整える部分です。
2つ目に減らせる業務:請求書類(レセプト等)の記載漏れ点検
診療報酬明細書・介護給付費明細書の作成・点検は、算定要件が細かく、 確認に時間がかかる業務です。
- 記載項目の抜け・入力ミスの有無を機械的にチェックする
- 前月の請求内容と比較し、変化点(算定項目の増減)を洗い出す
- 加算算定の要件と、記録に残っている根拠が揃っているかを突き合わせる
- 返戻(差し戻し)があった請求について、過去の指摘傾向を整理する
最終的な算定の可否判断や、請求先への対応は資格を持つ担当者が行います。 AIが担うのは、点検の一次チェックと差分の洗い出しです。
3つ目に減らせる業務:シフト表・勤怠関連書類の下書き作成
職員の資格・希望・法定基準を踏まえたシフト作成は、 条件が多いほど組み合わせに時間がかかる業務です。
- 職員の勤務希望・保有資格・人員配置基準をもとにシフト案を作成する
- 急な欠勤が出た際の代替案(候補者の洗い出し)を作成する
- 勤怠実績と予定シフトの差分を集計する
- 研修・資格更新の期限を一覧化し、対象者に通知する文面を作成する
最終的なシフトの確定と、職員間の調整・交渉は管理者が行います。 AIが担うのは、条件を満たす案の下書きと期限管理です。
まだ任せられない業務
医療・介護事業所の業務のうち、AIに任せてはいけない業務を整理すると次のとおりです。
- 診断・治療方針の決定
- ケアプランの内容そのものの判断
- 利用者・患者の状態急変時の対応判断
- 利用者・患者・家族への説明と同意取得
- 請求内容の最終確定と、行政・保険者への対応
これらは、利用者・患者の状態や意向を踏まえた専門的な判断が必要な業務です。 AI活用の対象は、記録の下書き・請求書類の点検・シフト作成であり、 診療・ケアの意思決定そのものではありません。
何時間減るか
一般的な業務量から試算すると、業務ごとに減らせる時間の目安は次のとおりです。
| 業務 | いまの時間(月・担当1人あたり) | AI化後の時間(目安) | 差 |
|---|---|---|---|
| 介護記録・看護記録の下書き作成 | 15時間 | 6時間 | 9時間 |
| 請求書類の記載漏れ点検 | 10時間 | 4時間 | 6時間 |
| シフト表・勤怠関連書類の下書き作成 | 8時間 | 3時間 | 5時間 |
試算の前提: 従業員10〜100名規模の医療・介護事業所で、 利用者・患者を日常的に担当する現場職員および事務担当者1人あたりの 月間作業時間を想定しています。AIが下書き・一次点検を行い、 資格を持つ担当者が確認・修正してから記録・提出する運用を前提にした目安です。 施設種別(訪問・通所・入所)や利用者数によって変動するため、 自社の業務量に置き換えて使う前提で参照してください。
医療・介護事業所がこの順番で進めたほうがよい理由
医療・介護事業所には、次のような傾向があります。
- 現場職員が利用者・患者への対応と記録作成を兼務しており、 記録に割ける時間が限られている
- 請求書類の算定要件は改定のたびに変わり、点検に専門知識と時間が必要になる
- シフト作成は資格・人員配置基準・職員の希望が絡み合い、 手作業では調整に時間がかかる
このため、いきなり診療・ケアの判断そのものにAIを使おうとすると、 利用者・患者の状態や意向といった判断材料がAIには渡らないため、 精度が上がりにくくなります。まず記録・請求点検・シフト作成の順で 事務作業を減らし、現場職員が利用者・患者への対応に使える時間を 増やす方法が現実的です。
計算例:自社に当てはめると何時間空くか
上の試算表の数字だけを使って、実際の事業所に当てはめると 削減時間はどのくらいになるか計算します。
前提(仮に置いた数字)
| 項目 | 人数 |
|---|---|
| 介護記録・看護記録を作成する現場職員 | 15名 |
| 請求書類の点検を担当する事務職員 | 2名 |
| シフト表を作成する管理者 | 1名 |
計算
| 業務 | 1人あたりの差(月) | 人数 | 合計(月) |
|---|---|---|---|
| 介護記録・看護記録の下書き作成 | 9時間 | 15名 | 135時間 |
| 請求書類の記載漏れ点検 | 6時間 | 2名 | 12時間 |
| シフト表・勤怠関連書類の下書き作成 | 5時間 | 1名 | 5時間 |
| 合計 | 152時間 |
この事業所の場合、月152時間が事務作業から空く計算になります。 1人あたりの時給換算や、実際に空いた時間を利用者・患者への対応に どう振り向けるかは事業所ごとに異なるため、上の「何時間減るか」の 前提と合わせて、自社の人数・時給に置き換えて計算してください。
導入前チェックリスト:記録・請求点検・シフト作成をAI化する前に確認すること
上で見た3つの業務を実際にAI化する前に、次の項目を1つずつ確認してください。
- □ 記録システムに利用者・患者の氏名や病状を入力する場合、個人情報保護法に加えて 厚生労働省・個人情報保護委員会の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な 取扱いのためのガイダンス」との整合性を確認したか
- □ AIが作った記録・申し送りの下書きについて、最終的な内容確認と署名を職員が行う 運用になっているか
- □ レセプト点検AIの出力について、算定の可否判断と請求の最終確定を資格を持つ 担当者が行う体制になっているか
- □ シフト作成AIが出した案について、法定の人員配置基準を満たしているかを管理者が 最終確認する運用になっているか
- □ 「デジタル化・AI導入補助金2026」などの補助金を使う場合、自社が対象要件 (資本金・従業員数などの業種区分)を満たすかを申請前に事務局に確認したか
この5つが埋まっていない状態でAIツールを本番の記録・請求・シフト作成に使うと、 確認・署名・最終判断の抜けがそのまま運用のリスクになります。
よくある質問
Q. 介護記録をAIにそのまま作らせてよいですか。 避けたほうが現実的です。AIが作るのは観察内容をもとにした下書きで、 最終的な記録内容の確認・署名は職員が行う必要があります。
Q. レセプトの点検を全てAIに任せられますか。 現時点では任せられません。AIが担うのは記載漏れ・不整合の一次チェックまでで、 算定の可否判断や請求の最終確定は資格を持つ担当者が行う前提になります。
Q. 利用者・患者の個人情報をAIツールに入力しても大丈夫ですか。 慎重な確認が必要です。氏名や病状などの情報を外部のAIツールに入力する場合、 個人情報保護法に加えて、厚生労働省・個人情報保護委員会が定める 「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」 (2026年4月1日最終改正、医療機関・介護関係事業者が対象)との整合性を 確認する必要があります(出典: 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000027272.html)。
Q. シフト作成をAIに任せると人員配置基準を満たせますか。 基準を満たす案の下書きまでは可能と考えられますが、最終的な適合確認は 管理者が行う必要があります。法定の人員配置基準は施設種別によって異なるため、 自社の基準に沿っているかを都度確認してください。
Q. 医療・介護分野のAI導入で使える補助金はありますか。 中小企業庁が運営する「デジタル化・AI導入補助金2026」 (正式名称: 中小企業デジタル化・AI導入支援事業費補助金、旧IT導入補助金)があります。 対象は「中小企業・小規模事業者等」で、制度の概要ページに医療法人・介護事業者への 個別の言及はありません。自社が対象要件(資本金・従業員数などの業種区分)を 満たすかは、申請前に事務局サイトまたはコールセンターで必ず確認してください (出典: デジタル化・AI導入補助金2026 https://it-shien.smrj.go.jp/about/)。
読んだ内容の確認に3問だけ。押すと答えが開きます。
Q1. 医療・介護事業所でAIが担うのは診療やケアの意思決定そのものである
× — AIの対象は事務作業(記録下書き・請求点検・シフト作成)であり、診療・ケアの意思決定ではありません。
Q2. 介護記録をAIが下書き作成した場合、最終的な確認・署名は職員が行う必要がある
○ — AIは観察内容から下書きを作成し、記録内容の確認・署名は職員が行うことが必須です。
Q3. レセプト点検におけるAIの役割は記載漏れ・不整合の一次チェックまでである
○ — 算定の可否判断と請求の最終確定は資格を持つ担当者が行う前提です。
御社の仕事のうち、AIに渡せるものを診断します。
いくつかの質問に答えると、AIに任せられる仕事と減らせる時間の目安が出ます。運営: 市瀬 大義(福岡。前職で経営企画室長を経て、執行役員CFO)
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