AI導入を1部門だけで試すか全社で始めるか

AI導入の最初の試験は、1部門・8週間・投入32時間ほどで済みます。従業員60名の会社で、1部門が8名という前提の試算です。 同じ8週間で全社に一斉に始めると、投入は186時間になります。効果が出なかった場合、人件費換算で約46万円の差が出ます。 原則は1部門から始めることです。ただし、AIに入力してよい情報のルールだけは、全社で先に決めます。 従業員20名以下など、全社で始めてよい条件もあります(後述)。
1部門で試すのと全社で始めるのは、何が違うのか
違いは「効果の大きさ」ではなく、「外れたときの損失」と「学べること」です。
| 項目 | 1部門で試す | 全社で始める |
|---|---|---|
| 最初に手間がかかる人数 | 1部門(数名〜十数名) | 全員 |
| 利用ルールの合意 | 部門長と経営層だけ | 全部門長の合意が要る |
| 効果が出なかったときの損失 | 小さい | 大きい |
| どの使い方が効いたか | 見分けやすい | 混ざって見分けにくい |
| 効果が出るまでの見た目の速さ | 遅い(1部門分だけ) | 速い(全員分) |
全社で始める利点は、当たれば効果が全員に及ぶことです。 1部門で始める利点は、外れても小さく済むことと、原因を切り分けられることです。 どちらが正しいかは、会社の規模と業務の共通度で決まります。次の試算で数字にします。
試算:1部門と全社で、投入時間と回収ラインはどう違うのか
従業員60名、6部門、そのうち試験対象の1部門が8名という会社を想定します。 試験期間は8週間です。まず、始めるために人が使う時間を並べます。
| 投入する作業 | 1部門(8名) | 全社(60名) | 差 |
|---|---|---|---|
| 利用ルールを決める | 4時間 | 12時間 | 8時間 |
| 使い方の研修 | 16時間 | 120時間 | 104時間 |
| 週1回の振り返り(8週分) | 8時間 | 24時間 | 16時間 |
| 導入前の作業時間の計測 | 4時間 | 30時間 | 26時間 |
| 合計 | 32時間 | 186時間 | 154時間 |
前提(このサイトの仮置きで、実測値ではありません):
- ルール決め:1部門は経営層と部門長の2名×2時間。全社は経営層と6部門長の計6名×2時間
- 研修:1人2時間。1部門は8名、全社は60名
- 振り返り:週30分×8週。1部門は2名、全社は部門長6名
- 計測:1人30分。導入前の1週間に、AIに任せたい業務の時間を記録する
次に、8週間でどれだけ時間が空くかを3つの場合で比べます。 前提は「AIが使える業務が1人あたり週1時間分ある」ことです。 立ち上がりの前半4週は週30分、後半4週は週1時間30分の平均で週1時間とみなしています。
| 効果が出た場合 | 1部門の削減 | 差引(削減−投入32時間) | 全社の削減 | 差引(削減−投入186時間) |
|---|---|---|---|---|
| 想定どおり(週1時間) | 64時間 | +32時間 | 480時間 | +294時間 |
| 想定の半分(週30分) | 32時間 | 0時間 | 240時間 | +54時間 |
| 効果ゼロ | 0時間 | −32時間 | 0時間 | −186時間 |
読み取れることは3つです。
- 効果が想定どおりなら、全社のほうが手元に残る時間は大きい
- 投入を回収する最低ライン(回収ライン)は、1部門で週30分、全社で週約23分(186÷480)。全社のほうが低い
- 効果ゼロの場合、全社は1部門より154時間多く失う。時給3,000円(社内の人件費の仮置き)で換算すると約46万円の差
この表にはAIツールの利用料は含めていません。 【各自確認:導入予定のAIツールの1人あたり月額料金を、そのツールの公式ページで確認】し、人数分を足してください。全社は人数が8倍近いため、料金の差も同じ比率で開きます。
それでも「1部門から」を勧める理由は何か
数字だけなら全社が有利に見える場合があります。それでも、このサイトでは原則1部門を勧めます。 理由は、表の「効果が想定どおり」が全部門で成り立つ保証がないからです。
- 経理は転記と照合が多く、削減が出やすい
- 現場の職人や運転手が中心の部門は、AIに任せられる文書業務が少ない
- 営業は、使い方の巧拙で人によって差が大きく開く
上の試算は「全員が同じ効果」と置いた場合の数字です。実際には、効果の出る部門と出ない部門に分かれます。 全社で一斉に始めると、効果が出た部門と出なかった部門の差が、原因不明のまま残ります。
もう1つは、研修の作り直しです。 1部門で8週間やると、「この指示文は効いた」「この業務は任せられなかった」が手元に残ります。 それを他部門の研修に使えるので、全社展開のときの研修は、初回より短く、当たりやすくなります。
全社で始めてよいのは、どんな会社か
次の条件が3つ以上そろうなら、全社で始めても構いません。
| 条件 | 全社向き | 1部門向き |
|---|---|---|
| 従業員数 | 20名以下 | 30名以上 |
| 業務の共通度 | メール・議事録・文書作成が全員の仕事の中心 | 部門ごとに業務がまるで違う |
| 経営者の関与 | 週30分の振り返りに毎回出られる | 出られない週がある |
| 利用ルール | すでに情報の取り扱い規程がある | まだ何もない |
| 部門長の反応 | 全員が前向き | 慎重な部門長がいる |
従業員20名以下だと、部門の区切りに意味がなくなります。1部門が3〜4名になり、試験の結果が個人差に引きずられるためです。 この場合は「1部門で試す」より「3〜5名のチームで試す」と考えるほうが実態に合います。
どの部門から試すか|選ぶ前のチェックリスト
1部門から始めると決めたら、次に部門を選びます。次の項目を、候補の部門ごとに確認します。
- □ 文書作成・転記・照合・定型メールなど、決まった形の作業が週に何時間もある
- □ 部門長が自分から「やってみたい」と言っている
- □ 作業時間を「時間」で数えられる(件数×1件あたりの時間で出せる)
- □ 扱う情報に、個人情報や取引先の機密が少ない
- □ 繁忙期(決算・棚卸し・年末調整など)と8週間が重ならない
- □ 失敗してもお客様に届く前に社内で止められる
このサイトが最初の候補に挙げるのは、総務、経理、営業事務です。 文書と転記が多く、判断より作業が中心で、失敗しても社内で止められるためです。 逆に、お客様への回答や見積の金額判断など、ミスが直接お客様に届く業務を含む部門は、最初の候補から外します。
試験導入8週間の手順
部門が決まったら、次の順で進めます。
- 第0週:全社の利用ルールを決める(次の見出しで説明)
- 第0週:部門メンバーが、1週間分の作業時間を記録する(計測)
- 第1週:2時間の研修。AIに任せる業務を3つだけ選ぶ
- 第2〜4週:選んだ3業務にだけAIを使う。週1回30分、うまくいかなかった点を共有する
- 第5〜7週:任せる業務を最大5つまで増やす。作業時間を記録し続ける
- 第8週:導入前の時間と比べ、減った時間を出す。続ける・広げる・やめるを決める
最初から業務を10個も20個も任せません。3つに絞るのは、失敗の原因を見つけやすくするためです。
1週間の業務を棚卸しするときの文例
第0週の計測のあと、メンバーが自分の業務をAIに整理させる場合の指示文です。コピーして使えます。
以下は、私の1週間の業務の記録です。
AIに任せられそうな業務を、次の3つに分けてください。
1. AIにほぼ任せられる(文書の下書き、転記、要約など)
2. AIが下書きして、人が確認すればよい
3. 人が判断するべきで、AIには任せない
各業務について、分けた理由を1行で書いてください。
業務の記録:
[業務名/1回あたりの時間/週の回数 を1行ずつ書く]
[ ]の部分は自分の業務の記録に置き換えます。 取引先名や個人名が入る場合は、「A社」「担当者B」のように伏せてから貼ります。
1部門で始めても、全社で先に決めておくことは何か
試験導入は1部門でも、社員は他部門にもいます。 試験部門以外の社員が、ルールのないまま自分でAIを使い始めることを、このサイトは最も警戒しています(統計ではなく、このサイトの見立てです)。 次の5つだけは、全社で先に決めます。
| 決めること | 決め方の例 |
|---|---|
| 入力してはいけない情報 | 個人情報、取引先の機密、未公表の人事・業績 |
| 使ってよいツール | 会社が指定した1〜2種類に限る |
| 出力の確認者 | AIの出力は、作成者本人が確認してから使う |
| 困ったときの相談先 | 試験部門の部門長など、窓口を1人決める |
| 費用の持ち主 | 試験期間中は経営層の予算とする |
AIチャットツールに入力した内容は、無料版では学習に使われる設定になっている場合があります。 設定画面で変えられる場合と、変えられない場合があります。使うツールごとに【各自確認:入力内容が学習に使われる設定になっていないか、各ツールの公式ヘルプの「データの利用」の項で確認】してください。
補助金についても触れておきます。 デジタル化・AI導入補助金2026(旧IT導入補助金)の通常枠は、補助率が1/2以内(低賃金雇用の従業員が全従業員の30%以上の場合は2/3以内)です。補助額は、1プロセス以上で5万円以上150万円未満、4プロセス以上で150万円以上450万円以下です(2026年10月3日に事務局の公式ページで確認。出典:https://it-shien.smrj.go.jp/applicant/subsidy/normal/)。 公募回ごとに条件が変わるため、申請前に最新の公募要領で確認してください。 導入予定のツールが補助の対象になるかは【各自確認:導入予定のAIツールが、最新の公募要領の対象ツール一覧に登録されているか。事務局公式サイトの公募要領で確認】です。
8週間のあとは、どう判断するのか
第8週に、次の3つの数字を並べます。
- 導入前の作業時間(第0週の計測)
- 導入後の作業時間(第7週の記録)
- 減った時間の合計と、投入した時間(この記事の試算なら1部門で32時間)
判断は3通りです。
| 結果 | 次にすること |
|---|---|
| 減った時間が投入を上回った | 隣の部門に広げる。指示文とルールをそのまま渡す |
| 上回らないが、任せられる業務は見つかった | 任せる業務を絞り直して、さらに4週間続ける |
| 任せられる業務がほとんど見つからなかった | この部門はやめる。別の部門で1回だけ試す |
やめる判断も、試験導入の成果です。全社で始めていたら、186時間を使ってから同じ結論に着きます。
よくある質問
従業員20名以下でも、1部門から始めるべきですか。 20名以下なら、全社で始めても損失は小さく済みます。部門の区切りが小さすぎる場合は、3〜5名のチームを1つ選んで8週間試す形が実態に合います。ルールだけは同じく先に決めます。
8週間で効果が出なかったら、やめてよいですか。 やめて構いません。ただし、やめる前に「任せた業務が合っていたか」を見ます。文書作成が少ない部門なら、部門の選び方が原因です。別の部門で1回だけ試します。
試験部門以外の社員が、勝手にAIを使い始めたらどうしますか。 止める必要はありません。全社で決めたルール(入力してはいけない情報、使ってよいツール)の範囲で使ってもらい、困ったときの相談先を伝えます。ルールがないまま使われる状態が、いちばん危ない状態です。
1部門で成功したら、次はどこに広げますか。 業務が似ている部門を先にします。総務で成功したなら、次は経理や営業事務です。指示文をそのまま渡せる部門から広げると、研修が短く済みます。
試験導入の費用は補助金の対象になりますか。 【各自確認:導入予定のAIツールが、デジタル化・AI導入補助金2026の対象ツールとして登録されているか。事務局公式サイトの最新公募要領で確認】。対象になる場合でも、公募回ごとに条件が変わります。申請前に最新の公募要領で確認してください。
読んだ内容の確認に3問だけ。押すと答えが開きます。
Q1. AIに入力してはいけない情報のルールは、試験導入の部門だけで決めればよい。
× — 試験部門の外でも社員が使い始めるため、ルールだけは全社で先に決める(本文参照)。
Q2. 試験導入の部門は、ミスが顧客に直結する判断を含む部門から選ぶのがよい。
× — 最初は文書作成や転記が中心で、失敗しても社内で止められる部門を選ぶ(本文参照)。
Q3. 試験導入の効果を比べるには、導入前の作業時間を先に測っておく必要がある。
○ — 導入前の時間がないと、AI化後にどれだけ減ったかを比べられない(本文参照)。
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いくつかの質問に答えると、AIに任せられる仕事と減らせる時間の目安が出ます。運営: 市瀬 大義(福岡。前職で経営企画室長を経て、執行役員CFO)
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